ウェブアクセシビリティとは?──すべての人の「利用できない」困難を克服する品質
ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC) 作業部会1 主査
サイボウズ株式会社 開発本部 小林 大輔
ウェブアクセシビリティとは?
一般にアクセシビリティとはaccess(アクセス)とability(能力)を合わせた用語で、ある対象へのアクセスのしやすさを意味しています。より具体的にいえば、場所・モノ・サービスを利用できる人や状況の幅広さを表しています。
ウェブのアクセシビリティを表す言葉が「ウェブアクセシビリティ」です。つまり、ウェブコンテンツやウェブアプリケーションへのアクセスのしやすさを表しています。具体的には、ウェブコンテンツやウェブアプリケーションを利用できる人・デバイス・状況の幅広さを表しているといえます。
障害者とウェブアクセシビリティ
ウェブアクセシビリティは、障害者がウェブを利用できるようにするための配慮だと言われることがあります。たしかにウェブアクセシビリティでは、障害のある方に対する配慮が求められることがあります。
障害のある方はさまざまな支援技術を駆使してウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスしています。いくつか例を挙げます(なお、それぞれの例は当該の障害のあるすべての方にあてはまるものではないことをご了承ください)。
- 視覚障害(全盲)
全盲の方は視覚的に情報を確認できない困難を抱えています。このため、視覚的にマウスカーソルを追うことができず、マウスを操作することが困難です。このため多くの人はキーボードだけで操作し、かつ「スクリーンリーダー」と呼ばれる支援技術を利用します。スクリーンリーダーは画面の内容を音声で読み上げるソフトウェアです。また「点字ディスプレイ」という画面の文字情報を点字に変換するハードウェアを利用する方もいます。
全盲の方がウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスできるようにするためには、キーボードやスクリーンリーダーでも操作できるようにウェブページを設計することが重要です。
- 視覚障害(ロービジョン)
ロービジョンとは、見えにくさがあり日常生活で何らかの支障をきたしている状態を指します。輪郭がぼやける・視野の中心が欠ける・視野の周辺が欠けるなど、見え方は人によってさまざまです。ロービジョンの方は、画面拡大機能を利用して、閲覧しやすい大きさに画面を拡大することがあります。人によっては画面を白黒反転するなど、画面を見やすい色に変化させる場合もあります。
ロービジョンの方をウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスしやすくするためには、ウェブページを拡大したときに画面が崩れて情報が欠落することがないようにする必要があります。また、はっきりとしたコントラストの配色にして、たとえ淡い配色が認識できなくても支障がないようにデザインすることも重要です。
- 聴覚障害
聴覚に障害のある方は、音が聞こえない/聞こえづらい困難を抱えています。音声付きの動画やポッドキャストなどの音声コンテンツを理解することが難しいです。またスマートフォンの通知音などに気づくことも難しいです。
聴覚障害の方をウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスしやすくするには、音声を別のコンテンツに置き換える必要があります。たとえば音声付きの動画であれば、キャプションや書き起こしテキスト、手話を提供するといった方法が考えられます。また、スマートフォンの通知音であれば、端末のバイブレーションや、画面の点滅などに置き換える方法も考えられます。
- 上肢障害
上肢に障害のある方は、腕・手・指が動かせない/動かしづらい困難を抱えています。このため、大きなスイッチデバイスなど、マウスより単純な動きで操作できるデバイスを利用することがあります。また、視線の動きだけで画面を操作できるソフトウェアを利用することもあります。音声だけでウェブを操作できるツールなどを利用する方もいます。
上肢に障害のある方をウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスしやすくするためには、ドラッグやジェスチャーといった複雑な操作ではなく、クリックなどのシンプルな操作だけで操作を完結できるようにする必要があります。また、クリックするボタンやリンクは大きくデザインし、操作ミスを減らすことも重要です。
- 認知・学習障害
認知・学習に障害のある方は、複雑な指示や曖昧な指示が理解できない場合があります。また、短期的に情報を記憶するのが困難だったり、注意が散漫になってしまう場合もあります。
認知・学習に障害のある方をウェブコンテンツやウェブアプリケーションにアクセスしやすくするためには、画面の構造を統一し、ウェブコンテンツを利用するために覚えなければいけない情報を減らす必要があります。またシンプルで明確な言葉遣いにする必要もあります。さらに、言葉だけでなくアイコンやグラフィックなどを併用することが助けになる場合もあります。
障害のある方が実際にウェブを利用している様子は、総務省が配信している「障害者のウェブページ利用方法の紹介ビデオ」や、W3Cが発行している「Web Accessibility Perspectives Videos」などの動画が参考になります。
ウェブアクセシビリティを高めることで、さまざまな障害のある方がウェブコンテンツやウェブアプリケーションを利用しやすくなるといえます。
多様なデバイス・状況とウェブアクセシビリティ
しかし、ウェブアクセシビリティは障害者のためだけの特別な対応ではなく、ウェブを利用するすべての人にとって価値のあるものです。多様なデバイス・状況でウェブを利用するようになった現在では、ウェブを利用するためにさまざまな困難が生じるからです。
例としてわたしたちの働き方を見てみましょう。わたしたちは多様なデバイスを利用して仕事に必要な情報にアクセスします。また昨今では働き方が多様化し、時間や場所にとらわれず仕事をすることができるようになりました。その結果、ツールを利用するためのさまざまな困難が生じています。いくつか例を挙げます。
- 見えづらい──日光下でスマートフォンを閲覧する
あなたは、スマートフォンで地図を確認して往訪先に向かおうとしています。しかし日差しが画面に反射してしまい、画面に映された情報が確認しづらいです。時間をかけて地図を確認しなければならず、到着までに時間がかかってしまいました。
この状況は、視覚障害の方と同じく、情報が視覚的に確認しづらい状況であるといえます。
もし、地図がはっきりくっきりとした色使いになっていたり、拡大が自由にできるデザインになっていれば、屋外でも容易に目的地を見つけられそうです。
- 聞こえづらい──静かな環境で動画を閲覧する
あなたは、リモートワークをしており、カフェでノートパソコンを開きながら調べ物をしています。調べ物に役立ちそうな動画を発見しましたが、静かなカフェでは音声を流すことができません。イヤホンやヘッドフォンも持ち合わせておらず、動画内で喋っている内容がわかりません。この状況は、聴覚に障害のある方と同じく、音声が聞こえない状況を体験しているといえます。
もし、動画に字幕がついていれば、カフェのような静かな環境でもイヤホンやヘッドフォンなしに動画の内容を理解できそうです。
- 動きづらい──電車内でスマートフォンを操作する
あなたは、朝、電車の中でスマートフォンを使ってメールチェックをしています。しかし電車内は揺れが激しく、スマートフォンを指で正確に操作することができません。間違って重要なメールを削除してしまいました。
この状況は、肢体不自由の方と同じく、指を自由に動かせない状況であるといえます。
もし、タップする領域が大きくデザインされていれば、通勤中も快適にメールチェックを済ませることができそうです。
- 理解しづらい──海外出張中に情報を確認する
あなたは海外出張中に、空港やホテルの説明をウェブで確認しようとしています。しかし確認したウェブページは母国語ではない言語で複雑な説明がなされています。ウェブページの情報を理解するのに時間がかかったり、情報を誤解してしまうことがありました。
この状況は、認知、学習障害のある方が、複雑な情報を理解できない状況と似た状況であるといえます。
もし、情報がシンプルな言葉で説明されていたり、わかりやすいグラフィックなどが使われていれば、情報をより短時間で誤解なく確認できそうです。
このように、わたしたちがウェブを利用するデバイス・状況はさまざまです。さまざまなデバイスをさまざまな状況で利用するときには、障害者だけでなくすべての人が、見えづらい・聞こえづらい・動きづらい・理解しづらいといった困難を経験することになります。
ウェブアクセシビリティとは、障害者のためだけの特別対応ではなく、すべての人の「ウェブにアクセスできない」問題を解決するための品質なのです。
現在、IoTやスマートスピーカー、VRなどの発展などに伴い、ウェブを利用するためのデバイスは多様化しています。将来はさらに多様なデバイスが登場することが見込まれます。
また、今以上にさまざまな状況でウェブを利用することになると考えられます。今回ご紹介したように、働き方ひとつをとっても多様化の一途を辿っています。リモートワークや複業が一般化し、よりさまざまな時間や場所でウェブを利用することになるはずです。
ウェブアクセシビリティは、ウェブの利用が多様化する時代に待ち受ける困難を克服するため、欠かせない品質であるといえるでしょう。
ウェブアクセシビリティのJIS規格 ── JIS X 8341-3
ウェブアクセシビリティには品質を確保するためのさまざまなガイドラインがあります。このうち、JIS規格として制定されたものが規格番号JIS X 8341-3、規格名称「高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第3部:ウェブコンテンツ」です。
ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)は、JIS X 8341-3:2016の原案作成を行いました。現在では、JIS X 8341-3の理解と普及のため、各種ガイドラインや参考資料の整備、セミナーの開催などを行っています。詳しくはウェブアクセシビリティのWebサイトをご覧ください。
- この文章は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)のメールマガジンへ掲載することを目的に書かれたものです。
- この文章は、執筆者個人の見解に基づくものであり、ウェブアクセシビリティ基盤委員会の公式的な見解を示すものではありません。