継続的なウェブアクセシビリティの改善とJISの試験の事例——waic.jpの場合

ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC) 作業部会3
Project 4(試験に対する知識・理解不足解消)
株式会社インフォ・クリエイツ 伊藤 龍樹
有限会社時代工房 柴田宣史
株式会社イデア 村上 桂子

はじめに

本稿では、当サイト(waic.jp)におけるウェブアクセシビリティ改善の取り組みをご紹介します。

アクセシビリティ方針の作成

対象範囲と目標とする適合レベルが決まっていないと試験ができません。そのため、まずウェブアクセシビリティ方針を策定する必要があります。最初のウェブアクセシビリティ方針は、「対象範囲」と「適合レベル及び対応度」のみを定めたものを、2019年度に公開しました(「ウェブアクセシビリティ方針(2021年度まで)」を参照)。

2021年度には、このウェブアクセシビリティ方針の改訂を行いました。改定案は、作業部会3で原案を作成し、WAIC全体のレビューを経て策定しました。

waic.jpでは、多くの翻訳文書が公開されています。これらの翻訳文書は、W3Cが作成したHTMLの構造をそのまま用いており、WAIC側でHTMLの構造を変更することは望ましくないファイルでした。こういったファイルを試験の対象から除外しました。試験当時、翻訳文書は、サーバでは/docs/というディレクトリの下に配置されていたため、「https://waic.jp/docs/以下を対象から除外」という書き方としています(現在は翻訳文書は/translations/に移動)。

また、PDFは、重要な情報が掲載されているにも関わらず、世の中の多くのウェブアクセシビリティ方針で、アクセシビリティ確保の対象外とされています。WAICのウェブアクセシビリティ方針では、PDFを除外しないことにしました。

このウェブアクセシビリティ方針は2021年度に作成され、試験のためにWAIC内部で共有されました。2022年度に、試験結果とともに一般に公開しました(「ウェブアクセシビリティ方針(2022年度)」を参照)。

最初の試験の実施

2021年度のwaic.jpの試験結果の公開にあたって、作業部会3(試験)で担当者となる試験チームが発足しました。この試験チームでは、いくつか内的な方針を持っていました。

  1. 目標とする達成基準を満たせていなくても、その結果を加工することなく公開する
  2. 継続的に試験を行い、試験結果とあわせてウェブサイトのアクセシビリティが向上していく様子をきちんと伝える

1に関しては、当然のことと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、世間で公開されているウェブアクセシビリティの試験結果の中には、おそらく仕様書の要求を満たす目的で、あるいは理解不足からか、実態と違う試験結果が公開されているのではないかと懸念される事例が珍しくありません。仕様書で「レベルAA 準拠」のウェブサイトを納品すると定められているにも関わらず、納品前に試験をしたら「レベルA 一部準拠だった」では、発注者が納得しない、ということかもしれません。しかし、実態と異なる試験結果を掲載することは、アクセシビリティ上の問題の隠蔽であり、継続的な改善にとってマイナスでしかありません。

2に関しては、過去のアクセシビリティ方針と試験結果を公開し続けることで、改善の道筋が見えるようにしました。

試験チームはwaic.jpの実装を行った作業部会1と打ち合わせを行い、サイト内で公開しているコンテンツについての把握を行い、実装チェックリストのカスタマイズをしました(試験実施ガイドライン「3.1.2 実装チェックリストのカスタマイズ方法」では、ウェブコンテンツ制作者との協力が試験実施に役立つことを記載しています)。このときにカスタマイズをした実装チェックリストは、実際の試験結果を記載したExcelファイルで確認できます(2021年度試験結果(xlsx形式、2.1MB))。試験チームを各組3〜4名の3組に分け、試験対象となるページを分担して、実装チェックリストを元にウェブページの試験を行いました。

2021年度試験の結果は「レベルA 一部準拠」となりました。この試験結果は2022年8月に公開しました(試験結果(2021年度))。

代替テキストは「表計算ソフトに並んでいる達成基準1.1.1のチェック項目群」
試験に用いた実装チェックリスト。達成基準ごとに「状況」が示され、達成方法が列挙されている。

1回目の試験結果を受けての修正

waic.jpの実装を担当している作業部会1では、作業部会3からの指摘を受け、2022年度中にウェブサイトのアクセシビリティ上の問題について対応を行いました。

アクセシビリティ方針の見直し

2022年度までのアクセシビリティ方針では、翻訳文書を試験の対象外とするために/docs/以下のすべてのウェブページを対象外としていましたが、/docs/ディレクトリには、翻訳文書以外に、「試験実施ガイドライン」「方針策定ガイドライン」など、JIS X 8341-3運用のためのガイドラインの文書が配置されていました。このガイドライン群はWAICで作成しているものであり、WAICの責任でアクセシビリティを確保すべきだという意見があり、対象外にすべきではないと判断しました。そこで翻訳文書を別のディレクトリに移した上で、あらためて/docs/を試験の対象に含めることにしました。

抜き出された翻訳文書は、/translations/ディレクトリに移されることになりました。ちなみに、翻訳文書は、外部のサイトから数多く参照(リンク)されていることが確実なウェブページであり、ディレクトリを移動すると多くのリンク切れが起こることが想定できました。いわゆる「リンク切れ」は、JISの達成基準では問題にならないのですが、旧URLから新URLへのリダイレクトを設定することでリンク切れが起きないように配慮しました。

古いコンテンツをどうするか?

WAICのウェブサイトは10年以上の蓄積のあるサイトで、翻訳文書を除いても、400以上のウェブページが存在します。限られた人手で、これらすべてのコンテンツのアクセシビリティを確保するのは難しいという意見が出ました。なかには、旧規格に関する文書もあり、こういった文書よりは現行規格に関する文書を優先するのが望ましいということになりました。

この基本方針がWAIC全体で共有され、必要度の高いコンテンツからアクセシビリティを確保していくことを盛り込んで、現在のウェブアクセシビリティ方針になりました(アクセシビリティ方針(2023年度))。

2回目の試験

2023年度の試験は、作業部会1によるウェブサイトの修正対応の後、初夏に実施しました。残念ながらこのときの結果も「レベルA 一部準拠」でしたが、2021年度の試験とは内容が異なります。2021年度の試験では、38の達成基準のうち、14の達成基準において不適合と判定されましたが、2023年度試験では、達成基準「2.4.4 リンクの目的」の一件を除けば、レベルAA 準拠相当の試験結果でした。

不適合だった達成基準。カッコ内のA、AAは適合レベルを表す
2021年度試験 2023年度試験
  • 1.1.1 非テキストコンテンツ (レベルA)
  • 1.2.3 音声解説、又はメディアに対する代替 (収録済) (A)
  • 1.2.5 音声解説 (収録済) (AA)
  • 1.3.1 情報及び関係性 (A)
  • 1.3.2 意味のある順序 (A)
  • 1.4.3 コントラスト (最低限) (AA)
  • 2.1.1 キーボード (A)
  • 2.4.1 ブロックスキップ (A)
  • 2.4.2 ページタイトル (A)
  • 2.4.5 複数の手段 (AA)
  • 2.4.6 見出し及びラベル (AA)
  • 2.4.7 フォーカスの可視化 (AA)
  • 3.1.2 一部分の言語 (AA)
  • 3.2.4 一貫した識別性 (AA)
  • 2.4.4 リンクの目的 (コンテキスト内) (A)

同じ「レベルA 一部準拠」でも、不適合だった達成基準の数が大幅に減少したということで、試験結果には以下のような注記を入れることにしました。

達成した適合レベル及び対応度
レベルA 一部準拠(ただし「2.4.4 リンクの目的 (コンテキスト内)」を除けば、適合レベルA及び適合レベルAAの達成基準を全て満たしている。今回の試験でWAIC内で本問題を共有し、2023年度中の改善を検討中)注

注 2024年度現在、この問題は修正済み。

これからの予定

2024年度にウェブアクセシビリティ方針の見直しを行う予定です。レベルAAの達成基準は一通り満たすことができたので、レベルAAAの達成基準からいくつかの達成基準を追加するなどの検討を行います。

継続的な改善におけるJISの試験の意味

本稿では、ウェブサイトが、方針の策定、試験のサイクルを繰り返すことで、継続的なアクセシビリティの改善を行ってきた事例を紹介しました。

  1. 方針の策定
    • 本文書の「アクセシビリティ方針の作成」
  2. 試験
    • 本文書の「最初の試験の実施」
  3. 修正
    • 本文書の「1回目の試験結果を受けての修正」
  4. 方針の見直し
    • 本文書の「アクセシビリティ方針の見直し」
  5. 試験
    • 本文書の「2回目の試験」

継続的な改善をしていくために、現状の把握を行うことは意味があります。漫然と、もしくは恣意的に試験を行うのでなく、ぜひ、改善のプロセスとして意味のある試験を実施してください。

  • この文章は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)のメールマガジンへ掲載することを目的に書かれたものです。
  • この文章は、執筆者個人の見解に基づくものであり、ウェブアクセシビリティ基盤委員会の公式的な見解を示すものではありません。
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