「問い合わせは電話のみ」をアクセシビリティから考える
行政手続きやサービスの公式サイトを開いたとき、問い合わせ窓口に電話番号しか記されていない――。そんなページに遭遇すると、きこえない・きこえにくい人にとって、そのサイトはそこから先に進めない「行き止まり」になってしまいます。提示されている連絡手段が音声通話だけであれば、用件をそもそも伝えられないからです。
公的サイトの利用が広がるなかで、これは個別の不便さというより、ウェブが情報インフラとして担うべき役割の話ではないかと感じます。少し遠回りに見えるかもしれませんが、まず「ウェブアクセシビリティ」という枠組みを足がかりに、この問題を整理してみたいと思います。
議論の足場:ウェブアクセシビリティとJIS X 8341-3
ウェブアクセシビリティとは、障害の有無や年齢、利用環境にかかわらず、誰もがウェブ上の情報やサービスにアクセスできるようにする、という考え方です。日本ではJIS X 8341-3:2016として規格化されており、これは国際的に広く使われているW3C勧告のWCAG 2.0(ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン)を、日本のJIS規格として位置づけ直したもの――内容としてはほぼ同じもの――と理解していただくとよいかと思います。
この規格の中身は、「達成基準」と呼ばれる約60項目の具体的な要件で構成されています。各基準は、「ウェブを誰でも使えるようにするために、ここまでは満たしてください」という具体的な要件を定めたもので、たとえば「画像には代替テキストをつける」「動画には字幕をつける」といった具合です。基準ごとにA・AA・AAAの3段階の適合レベルが設定されており、Aが最低限、AAが公的サイトの一般的な目標、AAAが最も高い水準、という位置づけになっています。
冒頭の話に重なる基準:1.2.9 音声のみ(ライブ)
ここで、冒頭の「問い合わせは電話のみ」という状況に、改めてこの規格を当ててみます。約60ある達成基準の中に、ちょうど重なって見える一項があります――「1.2.9 音声のみ(ライブ)」、適合レベルAAAの基準です。
これは、ライブ配信される「音声のみ」のコンテンツに対して、同等の情報を伝える代替手段を用意することを求めるものです。想定されているのは、ライブのインターネットラジオや、音声のみで配信されるオンライン講演といった場面です。きこえない人がリアルタイムの音声だけのコンテンツから取り残されないよう、文字(書き起こし)による代替を提供しましょう、という考え方です。
達成のハードルがやや高く、実装例が多くないこともあって、ウェブアクセシビリティの議論の中でも光の当たりにくい基準ではないかと感じます。ただ、ここで定められている考え方――「ライブの音声しかない状況には、必ず代替経路を用意する」――は、ウェブそのものだけでなく、ウェブの導線の終点にも当てはめられるのではないでしょうか。問い合わせ窓口が電話番号だけ、というのはまさに、サイト訪問者がリアルタイムの音声しか使えない状態に置かれているということだからです。
代替経路として、すでに整っている公共インフラ
では、その代替経路として何が用意できるのか。問い合わせフォームやメールは多くのサイトですでに採用されている標準的な選択肢ですが、それに加えて、ICTの世界では「電話そのものをきこえない人が使えるようにする」仕組みが、公共インフラとして整備されてきています。3つ、順にご紹介します。
電話リレーサービス
2021年7月、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」に基づく公共インフラとして開始されました。きこえない人・きこえにくい人・声で話すのが難しい人ときこえる人の通話を、通訳オペレータが手話または文字と音声を通訳することにより、電話でリアルタイムに双方向につながることができるサービスです。24時間365日利用でき、110・118・119の緊急通報にも接続できます。きこえる人の側からの050から始まる電話リレーサービス用電話番号への通常発信も利用可能です。
ヨメテル
2025年1月に始まった、電話リレーサービスの制度の下に提供される二つ目のサービスです。自分の声で話すことはできるが通話相手の声が聞き取りにくい人を主な対象とし、通話相手の声をAI(自動音声認識)または文字入力オペレータがリアルタイムで文字にします。難聴や中途失聴の人にとって、電話の心理的・実用的ハードルを下げる選択肢になっています。電話リレーサービスと同様に、電話でリアルタイムに双方向につながることができるサービスで、24時間365日利用でき、110・118・119の緊急通報にも接続できます。
手話リンク
電話で相手の声がきこえない・きこえにくい方が、特定の電話窓口に通訳オペレータを介して手話で電話ができるサービスです。ウェブサイトに設置されたリンクや無人の窓口等に掲出される二次元バーコードを通じて、その組織の特定の電話窓口に手話通訳オペレータを介してつながる仕組みです。電話リレーサービス本体と異なり、事前登録不要・通話料無料で利用できます。総務省、長野県、兵庫県、岸和田市、高崎市など、省庁・自治体での導入が広がってきています。問い合わせページに「手話で電話する」ボタンを一つ加えるだけで、これまで届かなかった声を通常の電話窓口で受けられるようになる、という構図です。
3つのサービスを支える共通基盤:WebRTC
3つを並べてみると、ICTに携わる方ならお気づきになるかもしれません――いずれも、ブラウザや端末からリアルタイムに映像や音声を双方向でやり取りする、という共通の通信特性を持っています。この部分を支えているのが、WebRTC(Web Real-Time Communication)です。
WebRTCは、専用のアプリやプラグインを入れなくても、ウェブブラウザだけで映像や音声をその場でやり取りできるようにする技術です。通信の遅れを小さくし、通信内容を暗号化します。また、家庭や会社のネットワークの中にいる相手とも通信できるよう、つながる経路を探したり、必要に応じてサーバーで中継したりします。3つのサービスは、まさにこの技術を使って、サイトを見ている人のブラウザと通訳オペレータの端末をその場でつないでいます。ウェブの標準的な技術の積み重ねが、社会のインフラとしてのアクセシビリティを支えている、わかりやすい例ではないかと思います。5Gなどの新しいネットワークでは通信の遅れがさらに小さくなるため、映像を使った手話通訳も、これからもっと快適になっていくのではないでしょうか。
おわりに
「問い合わせは電話のみ」という状態は、差別的な意図で作り出されているものではなく、これまでの慣習がそのまま残っているだけ、という場合がほとんどではないかと思います。
ただ、いまは状況が変わってきています。総務省の「みんなの公共サイト運用ガイドライン」は国や自治体のサイトにJIS X 8341-3への対応を求めていますし、2024年4月施行の改正障害者差別解消法で、民間の事業者にも合理的配慮が求められるようになりました。「電話だけの窓口」をそのままにしておくことの意味は、以前とは変わってきているのではないかと感じます。
サイトをつくる側、システムを提供する側が、問い合わせ窓口を考えるとき、「その場でやり取りできる、音声以外の手段」を最初から想定しておく。そして、すでに整っている電話リレーサービス・ヨメテル・手話リンクを選択肢として組み込んでいく。それだけで、これまで届かなかった声が、サイトの先に届くようになります。皆さんも、できることから一つ、始めてみませんか。
- この文章は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)のメールマガジンへ掲載することを目的に書かれたものです。
- この文章は、執筆者個人の見解に基づくものであり、ウェブアクセシビリティ基盤委員会の公式的な見解を示すものではありません。
