セルフオーダーシステムのアクセシビリティ

ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC) 作業部会1 主査・作業部会6 委員
LINEヤフー 中野 信

飲食店でタブレットやスマートフォンを使ったセルフオーダーシステムを見かける機会が増えました。人手不足解消や効率化に貢献する一方で、見過ごせない視点があります。それは「アクセシビリティ」、つまり誰もが問題なく利用できるかどうかという点です。

今回は、「Web Contents Accessibility Guidelines(WCAG)」というガイドライン、「WCAG2ICT Overview」というガイダンス、日本のウェブアクセシビリティの規格である「JIS X 8341-3」を軸に、セルフオーダーシステムのアクセシビリティについて掘り下げていきましょう。

WCAG2ICTとは? ウェブ以外にも目を向けたアクセシビリティの指針

普段私たちが目にするウェブサイトのアクセシビリティは、「WCAG」という国際的なガイドライン、あるいは技術的に同等内容の「JIS X 8341-3」を用いて評価されます。しかし、飲食店で使われるタブレット端末やATMのようなウェブ技術を使っていない情報通信技術はどうでしょうか?

JIS X 8341-3以外のJIS X 8341シリーズを使って評価することもできますが、「WCAG2ICT(Guidance on Applying WCAG 2 to Non-Web Information and Communications Technologies」という、ウェブコンテンツ以外のドキュメントやソフトウェアに対してWCAGの考え方を適用するためのガイダンスを使うこともできます。

WCAG2ICTにおいて特に注目すべきは、「クローズドファンクショナリティ」という概念です。これは、特定の目的のために設計され、ユーザーが機能を拡張・変更できない限定的な機能を持つ情報通信技術を指します。セルフオーダーシステムの話題では、飲食店に設置されているタブレットやキオスク端末などが該当します。

WCAG2ICTを用いることで、ウェブ技術を使わないソフトウェアや機器でもWCAGの原則や達成基準を適用し、アクセシビリティの改善につなげることができます。

セルフオーダー方式とアクセシビリティの現状

現在、飲食店のセルフオーダーシステムは主に以下の3つの方法で提供されています。

  1. 店内のタブレットやキオスク端末を使ったオーダー
  2. 飲食店のウェブアプリを使って自分のスマホでオーダー
  3. スマホアプリを使って自分のスマホでオーダー

それぞれの方式がアクセシビリティにどう影響するのか見ていきましょう。

1. 店内のタブレットやキオスク端末を使ったオーダー

この方式は、多くの場合ウェブ技術を用いずに実装されています。そのため、WCAGの直接的な対象とはなりません。しかし、WCAG2ICTを活用することで、達成基準に照らしたアクセシビリティの確認が可能です。

重要なのは、視覚障害者向けの音声読み上げ機能や、肢体不自由者向けの入力支援といった「支援技術」が利用できるかどうかです。場合によっては、支援技術の追加やコンテンツの工夫が必要になることを念頭に置くべきでしょう。

2. 飲食店のウェブアプリを使って自分のスマホでオーダー

この方式は、ウェブ技術を使っているため、ウェブアクセシビリティの試験を実施できます。さらに、ユーザーは普段自分が使い慣れている支援技術(OS標準の機能や専用アプリなど)をそのまま利用できるため、アクセシブルな環境を提供しやすいと言えます。

3. スマホアプリを使って自分のスマホでオーダー

この方式は、実装方法によってWCAGの対象となるかどうかが異なります。ウェブ技術を使ったウェブアプリとして実装されていれば対象内、ネイティブアプリとして実装されていればWCAG2ICTを用いて確認することになります。いずれにしても、ユーザーが普段使っている支援技術を利用できる点はメリットです。

サービス提供者が意識すべきこと:顧客体験の向上と機会損失の回避

セルフオーダーシステムの導入は効率化に繋がりますが、アクセシビリティへの配慮を欠くと、一部の利用者にとって利用しづらいものとなり、結果的に機会損失を招く可能性があります。

特に、ウェブアプリを利用したセルフオーダーシステムは、アクセシビリティ対応が比較的容易であり、ユーザーにとってもメリットが大きいと言えます。

なお、「みんなの公共サイト運用ガイドライン」では、ウェブ技術を使ったデジタルプロダクトはキオスク端末やタブレットも含めてJIS X 8341-3:2016の対象範囲に含まれるとされています。しかし、WCAG2ICTの考え方を踏まえると、JIS規格の対象であることと、実際にキオスク端末がアクセシブルであることは別の話であるという認識を持つことが重要です。

まとめ:アクセシビリティは単なる対応ではなく、利用者への配慮

セルフオーダーシステムの導入を検討する際、あるいは既存のシステムを見直す際には、アクセシビリティを単なる技術的な対応として捉えるのではなく、多様な利用者への配慮として捉えることが重要です。

WCAG、WCAG2ICT、JIS X 8341-3:2016といったガイドラインを理解し、それぞれのオーダー方式の特性を踏まえた上で、誰もが快適に利用できるアクセシブルなセルフオーダーシステムを目指しましょう。それは、特定の障害や利用状況だけではなくすべての人にとって使いやすいシステムになるはずです。

  • この文章は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)のメールマガジンへ掲載することを目的に書かれたものです。
  • この文章は、執筆者個人の見解に基づくものであり、ウェブアクセシビリティ基盤委員会の公式的な見解を示すものではありません。
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