コラム「委員長就任に寄せて」を掲載
2012年11月1日付の「委員会の新人事に関するお知らせ」にてお知らせしましたが、ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)の委員長を務めさせていただくことになりました。この委員会には2010年8月の立ち上げ当初から参画させていただき、これまで副委員長と作業部会2(実装ワーキンググループ)の主査を務めてまいりました。このたび委員長に就任させていただくことになり、日本におけるウェブアクセシビリティのさらなる向上を目指して、決意を新たにしているところです。
また、私の委員長就任に加えて、副委員長ならびに各作業部会の主査、副査についても新人事をお知らせしました。ウェブアクセシビリティの啓蒙と普及に、様々な立場で尽力されてきた方々に支えていただけることをとても心強く思っています。日本のウェブにアクセシビリティを根付かせるために、各作業部会の皆さんと一緒に力を合わせて、今後もしっかりと取り組んでまいります。
このウェブアクセシビリティ基盤委員会は、JIS X 8341-3:2010に対応するために不可欠な関連文書の翻訳、各種ガイドライン等の資料作成、ブラウザや支援技術による検証作業等を行うために発足しました。文字通り「基盤」を整備することを目的とし、ウェブアクセシビリティの有識者、サイト運営者、コンテンツ制作者、技術ベンダー、障害者団体などの多くの組織・団体が参画して、共同作業を行っています。また、関連省庁である経済産業省と総務省の方々にもオブザーバとして参加していただいています。
私個人としては、ウェブアクセシビリティに従事するようになってから、十年あまりが経過しました。その間、2004年に公示された初めてのJIS X 8341-3原案作成、2008年にW3C勧告となったWCAG 2.0策定、そして2010年のJIS X 8341-3改定に、それぞれワーキンググループの一員として参画してきました。
この十年あまりの間に、インターネット利用率は年齢や性別に関係なく高まり、ウェブは私たちの日常生活の様々なシーンの中に当たり前に存在するようになりました。そして、日本におけるウェブのアクセシビリティは、2004年のJIS X 8341-3公示などを契機に、十年前と比較すれば着実に向上してきていると感じています。しかし、その一方で、2010年にJIS X 8341-3が改定されてから二年を経た現在、その正しい理解と実践に向けては、まだまだ解決すべき課題が山積していることもたしかです。
また、JIS X 8341-3対応の前に、アクセシビリティそのものについても改めて議論する必要があるように思います。JIS X 8341-3の正式名称に「高齢者・障害者等配慮設計指針」とあることから、アクセシビリティが単に高齢者・障害者対応というように狭義に捉えられてしまっていることが少なくありません。
World Wide Web(WWW)を考案し、W3Cを設立したことで知られるティム・バーナーズ=リー氏の有名な言葉があります。
The power of the Web is in its universality. Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.
直訳すれば、「障害の有無に関係なく、誰もがアクセスできることが、ウェブの本質である」となります。”disability” は、直訳すれば「障害」です。しかし、ここでいう “disablity” には、単に視覚障害や聴覚障害などの「障害」だけではなく、加齢からくる様々な衰え、一時的に普段とは違う条件や環境で利用しなければならない場面なども含まれていると考えます。
ウェブを利用する際には、見る、読む、聞く、理解する、操作するといった一連の動作があります。しかし、すべての人が同じようにできるとはかぎりません。それは当然のことといえば当然のことなのですが、ウェブはアクセスログを見ることはできても、実際にユーザーが利用しているところが見えないメディアでもあり、どうしても忘れてしまいがちです。
例えば、マウスを操作することができる人もいれば、操作することはできるけど困難を伴う人や操作することができない人もいます。その理由としては、手や指先を自由に動かせない障害のためであったり、加齢からくる衰えのせいであったり、怪我やマウスの故障などの一時的なものであったり、またマウス操作ができない端末を使用していたりと、様々なことが考えられます。
さらに、近年ウェブを利用する端末も、PCだけでなく、携帯電話、スマートフォン、タブレット端末、テレビ、ゲーム機などをはじめとして、多様化が進んでいます。私自身は、アクセシビリティを「より多くの人が、より多くの場面で、より多くの使いかたができるようにすること」だと考えています。皆さんはどのように考えていらっしゃいますか?
JIS X 8341-3:2010がウェブコンテンツに関する要件として採用したW3CのWCAG 2.0が、ISO/IEC国際規格として承認され、ISO/IEC 40500:2012にもなりました。これにより、アクセシビリティへの取り組みが広がり、より多くのウェブコンテンツがアクセシブルになることが期待されています。そして、アクセシビリティがウェブコンテンツの品質基準の一つとして明確に位置づけられるようになるのであれば、それは歓迎すべきことです。
ただ、JISやISOなどの規格の話になると、いわゆるガイドラインに準拠することが目的になってしまいがちです。しかし、本来の目的はウェブコンテンツを一人でも多くのユーザーが使えるようにすることであって、ガイドラインに準拠することはその手法の一つです。そういう意味からも、JIS X 8341-3:2010対応の基盤を引き続き整備していくことに加えて、アクセシビリティそのものについても改めて皆さんと意見交換していけたらと考えています。
さて、委員長就任の挨拶としてはやや私見が入りすぎた感もありますが、このウェブアクセシビリティ基盤委員会での活動を通じて、日本のウェブアクセシビリティの向上に最大限に貢献していきたいという思いを強くしています。ウェブアクセシビリティ基盤委員会に関するご意見、ご要望等ございましたら、是非ともお聞かせください。
今後ともウェブアクセシビリティ基盤委員会をどうぞよろしくお願い申し上げます。